平成23年度新潟水俣病講演会での紙芝居上演!@ケータイ
事務局のメグミです。
今日は新潟県立環境と人間のふれあい館-新潟水俣病資料館-主催の「平成23年度 新潟水俣病講演会」が開催されました!
その中で、紙芝居「阿賀野川物語」を新潟医療福祉大学の学生さんが上演してくださいました!!
事務局のメグミです。
今日は新潟県立環境と人間のふれあい館-新潟水俣病資料館-主催の「平成23年度 新潟水俣病講演会」が開催されました!
その中で、紙芝居「阿賀野川物語」を新潟医療福祉大学の学生さんが上演してくださいました!!
事務局のメグミです。
昨日と今日は、阿賀野市六野瀬にある有限会社小田製陶所に「ある物」を探しにおじゃましてきました!
「ある物」とは、小田製陶所さんで明治6年創業時から昭和35年くらいまで作られていたという「瓶(水瓶、藍瓶)」☆
当時の写真はないということでしたが今も残っている瓶があるとのことで、記録とパネル制作の材料になればと考え、お忙しい中見せていただきました!
こちらがその瓶☆
作られた時代はよくわからないそうですが、以前は米や野菜を保管していたそうです。
瓶にはねずみも入らず、「土」が呼吸をしているので湿気がたまりにくく、悪くなりやすい夏場は特に重宝したとのことでした!
そんなお話をしてくださったのは、四代目の小田健一さん。
現代表(五代目)の正雄さんとそっくり!!(親子なので当たり前ですが笑)
この瓶が置いてあったのは、昔の牛小屋。
酪農家が多い六野瀬だからな~と思っていたところ、昔は商品を牛が運んだとのこと!
牛を扱う専用の人がいて、商品の他に、行き帰りに牛が食べる餌も一緒に運んだよ、と懐かしそうに話してくださいました☆
またこちらは、半分土の中に埋まっている瓶。
家畜などの糞尿を入れていた堆肥場所だったとのこと。
こんなたぬきも発見♪
たぬきの右隣にある灯篭も熊もみんな土の焼き物!
丸みをおびていて温かみを感じられました♪
創業時から今日まで、時代のニーズに合わせて形は変わりながらも天然素材の粘土を原料とした商品を作り続けている小田製陶所さん。
原点の「瓶」を見せてもらい、安田地区の「土」との歴史を肌で感じることができました!
立正大学シリーズ3回目☆(ご報告がとっても遅くなってすみません!)
今回はツアー2日目午前中の様子をお伝えします。
前日に、草倉銅山の光と影の歴史(最盛期は6千人も居住していたという銅山での先進的な暮らしや、煙害などの発生、坑夫たちの間にあった技能伝授と自治・救済などの機能をもった友子同盟についてなど)を紙芝居などで学んだ皆さん。
二日目は朝から現地見学に行きました☆
大山神社跡や…
旧製錬所があったとされる広場や…
採鉱事務所があったとされる場所に残る赤茶けた石垣…
銅を含んだ石を発見した三角沢(元文4年(1739年)に発見。これが草倉銅山の始まりと言われています)や坑道跡を見たり…
最後に、本山に残る坑夫たちの無縁墓を見ました。
そして草倉銅山跡を後にして、鹿瀬発電所へ。
発電所ができる前は草倉銅山の角神製錬所があり、そこから銅を帆掛け舟にのせて、新潟まで運んだそうです☆
船頭ロバダンでもお話がありましたが、帆掛け舟が往来する姿は見てみたかったな~と思います!!

当時の角神製錬所(写真奥)の様子はこちら!
そしてこの製錬所から出た有毒な煙によって、対岸の集落に煙害が発生した歴史が残っています。
次に訪れたのは、阿賀町向鹿瀬にある龍蔵寺。
本山にも残っていましたが、こちらにも銅山で働いていた坑夫やその家族のお墓があります。
お墓には友子同盟の「親分・子分」の表記があり、当時の坑夫たちが友子同盟によって強く結ばれていた様子を読み取りました。
お昼は、明治42年から大正3年まで草倉銅山で働いていた矢部藤松さんのお孫さんが営む、津川の蕎麦屋さん「塩屋橘」にて、もりそばをいただきました♪
こうして2日目の午前中は終了☆
午後から夜にかけてのプログラムについては、後ほどブログに掲載します!
◆これまでの記事
〇立正大学の皆さんと!~ツアー☆一日目~
http://www.aganogawa.info/archives/4518
〇立正大学の皆さんと!~雉やのお弁当♪~
http://www.aganogawa.info/archives/4508
10月20日(木)は五泉市巣本地区の農業の歴史について詳しい皆さんとロバダンを行いました!
ロバダン必需品のお茶とお菓子♪

巣本地域は稲作が主要作物だったのが昭和45年の減反政策を機に、昔から自家栽培していた里芋の本格栽培に取り組み始めたそう。
阿賀野川が氾濫したり河道が変わるたびに運んで来てくれる肥沃な土壌の恵みを受けて育った里芋「帛(きぬ)乙女」は、品種改良を重ねて次第に評判を呼び、ご存知のように今日では五泉を代表するブランド農産物となっています☆
そして10月27日(木)は、道の駅「阿賀の里」の「阿賀野川ライン舟下り」の船頭さん達とロバダン!
安田で砂利船に乗っていたという方や、帆掛け舟(揚川(あがわ)舟)を操縦していたという方からお話をお聞きしました☆
帆掛け舟で川を上る時に風が無い場合は、ホラ貝を吹いてその周辺の集落の4、5人の人を呼び、川辺から舟を綱で引っ張ってくれたそう。
そして現在の「阿賀野川ライン舟下り」は、昭和40年代中頃に有志5~6人が始め、船の前に2人、後ろに1人を乗せてお客さんを楽しませたそうです♪当時はもちろん自力で舟を漕いでいたので、汗をかきながらの一生懸命な船頭さんを見て、お客さんは心配をしてくれたんだと、昔を懐かしむように話されていました。
また現在の舟下りのお客さんで水俣病の事を聞く人は1割くらいで県外の人が多いということでした。今後は紙芝居「阿賀野川物語」などを活用するなどして、お客さんに対して新潟水俣病を含めきちんと受け答えができるようになりたいとおっしゃっていました。
遅くなりましたが、10月19日(水)に行われた草水石材組合ロバダンについてご報告します☆
昭和20~30年代をご存知の組合員OBの方にお話しを伺うことができました!
草水石は安田でとれる淡い桃色の良質な花崗岩で、安田石とも呼ばれ、国会議事堂や新潟県庁にも使用されるなどブランド石☆
明治初期が始まりと言われていますが、磐越西線の工事で石材の需要が高まったのを機に、全国から石工が集まり、草水の山へ入るようになったそうです。
昭和30年代までは、土そりやトロッコを使って運び出すなど人力が中心だったとのことで、貴重なその当時の写真をお借りすることができました!!
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